みなさん、こんにちは!元引きこもりHSPのスイです。
私は就活を一切せずに大学を卒業した後、約5年間引きこもっていました。
その後パートから正社員になったあと、転職3回を経験し保育士資格・社会福祉士を取得しました。
実家暮らしではありますが、引きこもり状態からは脱して夢に向かって進んでいます。
そんな私から、
- 引きこもりを脱出したいけどどうしたらいいのかわからない
- 引きこもり状態になって出口が見えずつらい
- 社会に出ていく自信がない、外に出ていくのが怖い
と悩んでいる方に向けて、
私がどうやって5年の引きこもり状態から脱出して社会復帰することができたのか、ご紹介します。
何かのヒントにしてもらえたら嬉しいです!焦らず、ゆっくりやっていきましょう♪
- 引きこもりを脱出するきっかけが知りたい
- 社会復帰するためのヒントが欲しい
- 引きこもりを脱出した人の体験談を参考にしたい
私が引きこもりになった原因
まず、どうして私は引きこもりになったのか、自分なりに思い当たる原因をご紹介します。
小さいころから心配性で神経質だった
私は小さいころから、精神的に心配性の気質がありました。
保育園の連絡帳に、
ということが書かれていました。
いろいろと気に病んでしまい、プレッシャーを感じてしまう子どもだったんですね。
親に聞くと、あまりにしょっちゅうトイレに行きたがるので、心配になって病院にも連れて行ったそうです。
今もよく、緊張するとお腹を壊したりトイレが近くなります。“三つ子の魂百まで”とは、これ恐ろしや…。
なので、もともとの生まれつきの気質として、
必要以上に不安になったり心配になったりする神経質なところがありました。
友達を作るのが苦手だった
また、私は小さいころから友達を作るのが苦手でした。
友達ができたと思っても、3人組グループで気づくと1人おまけみたいになっていたり
仲良くなった友達がいても進級や卒業で疎遠になってしまい、結局はその場だけの薄い関係しか築けませんでした。
そんな状態が小学校、中学校、高校と続いていくにつれ、いつしか私の中でこんな考えが芽生えていました。
私って、誰からも好かれない人間なんだな…。
っていうか、私って絶望的に友達を作るのが下手だな…。
HSPの気質に加え、人見知りで内向的で非社交的な性格があいまって、友達がいないコンプレックスは膨らみ続けたまま、
大学を卒業するころには、社会の中で生きていく自信がまったく皆無の状態になっていました。
学生時代に友達ができないことって、結構なダメージなんですよね。この時の挫折感がものすごく心に残っていました。
なにより自分が嫌いだった
私が引きこもりになった原因として、自分嫌いだったことが一番の要因かなと思います。
小さいころから心配性や神経質、またHSPの気質と社会の中でうまく生きていくことが難しく、
加えて友人関係がうまくいかなかったことで、
自分に自信がなく、気がつけば自分のことがずっと嫌いな状態でした。
という考えが、どんどん自分の中でふくらんでいくような感覚でした。
そして、家族との関係も思うようにいかず、自分自身に嫌気がさして、
当時は自分自身から逃げたい、離れたい気持ちでいっぱいでした。
引きこもっていたときに何をしていたか
ぼっちでつらかった大学をがんばって卒業しましたが、とたんに燃え尽き症候群のような状態に陥ってしまい、
当然のことながら就活などは一切せず、そのまま引きこもり生活へと突入していきました。
当時の私は、こんな感じ↓
色々なものを抱えていて、とてもじゃないけど社会には出られる状態ではありませんでした。
当時の私は、“23歳”、“女性”、“大卒”という自分の肩書どれもが自分に思えない状態でした。
引きこもり1年目はとにかく寝ていた
【引きこもり1年目】
- 身体が重く動けない日が多く、とにかく寝ていた
- 子どもの頃見ていたアニメやドラマにハマった
- 起きている時は家事か植物の世話をしていた
引きこもり1年目は、とにかく寝ていました。
気力体力とも消耗してしまい、寝ることしかできませんでした…。
生理前の体調不良が続き身体が重くて動けない日も多く(俗にいう“PMDD”でした。)
起きている時は子どもの頃見ていたアニメやドラマを見たり、家事をしたりしていました。
あとは、庭木の手入れや、園芸にハマって植物の世話をしたりしていました。
心身ともに体が思うようにいかず、情緒も不安定な状態でした。
引きこもり2年目に歯医者に通い始める
【引きこもり2年目】
- 歯医者に通い始める
- ボランティアを5日間経験する
- 自助グループに参加する
引きこもり2年目のころに、虫歯が見つかりやむを得ず歯医者に通うことに。
歯医者での見事な自分の挙動不審ぶりにくじけそうになるも、長期治療だったため、
通っているうちにだんだんと外出することに抵抗がなくなっていきました。
また、5日間のデイサービス施設でのボランティア(お茶出しや利用者の話し相手など)を体験しました。
当時は社会復帰には結び付きませんでしたが、今思うととてもよい経験だったなと思います。
他にも、県主催の就労を希望する人たちが集まる自助グループのような会に参加したりしていました。
引きこもり3年目~4年目は停滞気味
【引きこもり3年目~4年目は停滞気味】
- 園芸にドハマりする
- 漢字や世界史の勉強にハマる
- 映画を見まくる
- 胃腸科や耳鼻科にも通いだす
- PMS(生理前の不調)が再度しんどくなる
引きこもり3年目~4年目は、社会復帰に直接つながるようなことはできませんでした。
ただ、園芸に没頭したり、勉強をしたり、映画を見まくることで、
自分なりに自分の世界を広げたり、生きることを前向きにとらえようとしていたように思います。
また、歯医者のほかに胃腸科や耳鼻科にも通いだしたことで、少しずつ社会との接点が増えていきました。
ただ、生理前の体調不良が再び悪化し、
断続的にイライラしたり体が重く動かなくなったりという現象に悩まされていました。
引きこもり5年目は職場体験に参加
【引きこもり5年目】
- 英語の勉強を始めTOEICで845点取る
- 保育体験に参加する
- 就労支援プログラムに参加する
- ハローワークの就労支援セミナーに通い始める
- 信頼できるキャリアカウンセラーさんに出会う
引きこもり5年目になると、心身の不調がだいぶ落ち着いてきたことと、
このままではいけない…
という焦りから、いろいろと動き始めます。
英語を勉強し初めてのTOEICで845点を取ったり、
2日間保育園で保育補助の体験をしたり、
就労支援プログラムに参加したりと、だんだん自分に自信がついてきます。
保育体験や就労支援プログラムなどはすべて公共の施設で無償で提供されていたものだったので、
今振り返るとありがたかったなぁと思います。
そして、ある女性のキャリアカウンセラーさんと出会うのですが、
その人と出会うことによってパートの仕事に就くことができ、最終的に社会復帰を果たすことができました。
どうやって引きこもりから脱出したのか
以上をまとめると、次のような流れをたどり、私は社会復帰しました。
↓
・歯医者に通ったりボランティアを経験、少しづつ外へ出ていくように【引きこもり2年目】
↓
・その先がなかなか進まず、一時期は停滞する【引きこもり3年目~4年目】
↓
・引きこもり5年目で心身ともに回復し始めたタイミングで、公共施設の就労支援プログラム利用
信頼できるキャリアカウンセラーさんと出会い、社会復帰を果たす
- 好きなことを思いっきりした
- 毎日日記をつけて気持ちを吐き出した
- 家事は最低限分担し自尊心を保った
- 成功体験を少しづつ積み重ねていった
- 家族以外の信頼できる人に出会った
- 諦めなかった
詳しくは以下の記事をどうぞ↓
まとめ:今引きこもり状態でつらい方へ
実は、私はせっかく社会復帰した会社がブラックだったため2年弱で退職し、
その後1年半以上仕事が見つからず路頭に迷うことになります。
それから3つの福祉の仕事を経験し、保育士と社会福祉士の資格も取得しました。
社会復帰してからは、
もっと早く色々と行動すればよかったな
と、引きこもり時代を後悔することもありましたが、
振り返ってみると、当時は当時で自分なりに一生懸命がんばってやっていたんだなと思いました。
引きこもりって、基本つらいですよね。苦しいですよね。
お金もないし、普通に生きられない自分がやるせないし、働いていないことの罪悪感はずっとつきまとうので、
私はずっと苦しみと焦りの中でずっともがいている状態でした。
そんな中めげずくじけずがんばってやってきたからこそ、今があるんだなということを、
今回改めて気づくことができました。
社会復帰してからも色々とありましたが、それも含めて自分らしいなと思えるようになりました!
もし、
今引きこもり状態でつらい
早く引きこもりから脱出して、普通に生きたい…
と思っている方がいたら、焦らず慌てず、できることから少しずつ始めてみて下さい。
眠たいな、しんどいなと思ったら寝ていいんです。
まずは、体調を整えること。
その上で元気が出てきたり回復してきたら、できることから少しずつ始めればいいんです。
このブログでも、ヒントになるような記事をたくさん書いてきますので、ご自身の体調に合わせて参考にしてみて下さいね!
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